About history

The town of Socks , Koryo-cho
靴下の町、広陵町


Yamaya is a small sock factory based in the town of Koryo since 1921 .The name of “yahae” comes from our ancestors. Koryo town is the top producer of socks in Japan. It is located in the Yamato-Basin, surrounded by rolling mountains on all sides.

This area has been known for its quality textile, including Yamato-momen since around 17th centry. With such a background, the local people in the region still call ‘sock knitting’ as ‘sock weaving.’

靴下の生産地として日本有数の奈良・広陵町で靴下作りを始めて、早100年。私たちのルーツは、yahae<ヤハエ>の名前の由来にもなった、木綿業の創業者「馬見村弥兵衛」にまで、さかのぼります。そして、私たちの歴史には広陵町の歴史もまた深く関わってきます。広陵町は、四方をなだらかな山々に囲まれた大和盆地にあり、靴下の町として奈良靴下産地の中心地でもあります。編み立ての工場だけでなく、たくさんの周辺産業が栄えており、靴下製造に関わる人が多い町なのではないでしょうか。

この地は、かつては広く綿を栽培し、木綿織りが盛んに行なわれていました。その名残から、今でも靴下を編むことを「織る」と呼ぶ方が多いです。広陵町は、古墳も点在し古墳時代の遺跡も多く残る歴史と繊維産業の町です。

our time line

1820 文政3年 馬見村弥兵衛、和州廣瀬郡疋相村(現奈良県北葛城郡広陵町疋相) にて木綿業を営む。

1896   明治29年 綿花の輸入関税が撤廃される。綿作が急速に衰退。明治末期 手機から機械織機への転換が始まる。大和木綿は衰退。

1910 明治43年 馬見村疋相(現広陵町疋相)の吉井泰治郎が、手回し編み機による靴下の製造を開始。

1921 大正10年 野村松太郎、靴下の製造を始める。

1941 昭和16年 第二次世界大戦下の統制令により東亜靴下有限会社として企業統合なる。

1943 昭和18年 第二次企業整備により東亜靴下有限会社は解散。

1950 昭和25年 野村圭司、靴下の製造を始める。

1959 昭和34年11月 「複合素材靴下全日本求評点」において大阪府知事賞受賞。

1980 昭和55年 野村佳照、靴下の製造を再開する。

1981 昭和56年11月 「奈良靴下産地の新商品新技術に係る品評会」において奈良県知 事賞受賞。

1983 昭和58年10月 法人組織に改組。社名を山屋株式会社とする。

1992 平成4年6月 社名をヤマヤ株式会社に変更。代表取締役社長に野村佳照が就任。

1993 平成5年12月 ホフマン事業部を設置。Hoffmannブランドで販売を始める。

1994 平成 6年9月 協同組合エヌエスの組合設立に参画。 ORGANIC GARDEN を立ち上げる。

2008 平成20年6月 東京営業所を渋谷区恵比寿南に開設。

2020   令和2年10月東京営業所を江東区清澄白河へ移動。併設のショップ"yahae kiyosumi"をオープン。

2020   令和2年11月yahaeブランドを設立する。